マダニが運ぶ病原体が人とペットの感染症の原因に
ほそ~く、なが~く吸い続けるマダニの吸血戦略
蚊やマダニに代表される「吸血動物」は、独自の吸血戦略を持っています。たとえば、蚊は動物の皮膚に止まってから2分半ほどで血液を吸い終わる短期決戦型。一方のマダニは、じっくり時間をかけて血液を消化・吸収・排泄しながら大量に吸い上げる持久戦型です。このため、マダニには宿主の上に体をしっかり固定する接着成分や、気づかれず血液を吸い続けるための麻酔成分、血液を固まりにくくする成分などを唾液に混ぜて大量に注入しながら吸血します。
マダニが宿主の皮膚に喰いついてから、血液を吸い終わって落ちるまでの期間は、卵から孵りたての1mmにも満たない赤ちゃんダニ(幼ダニ)でも数日間、成ダニでは1、2週間から場合によっては3週間以上もの間、同じ場所で血液を吸い続けます。メスの成ダニの体重は吸血前の 100 倍ほどになりますが、唾液として血液成分の多くを宿主に吐き戻している分を含めると、1匹のメス成ダニの吸う血液量は、自分の体重のなんと300倍(1mL)にもなります。吸血して体が大きくなったマダニをみて、初めて寄生に気づくケースも多いのです。
マダニの唾液を経由して、病原体が体内に侵入
マダニは宿主に取りつくと、口先についているハサミのような器官で皮膚を切開きながら、口先を差し込んで血液を吸い始めます。このとき体内へ唾液を送り込みます。この際、やっかいなことに、マダニが持っている「病原体(病気を引き起こす寄生虫や細菌、ウイルスなど)」も唾液を介して宿主の体の中に入り込んでしまうのです。
マダニが媒介する病気~バベシア病と日本紅斑熱~
マダニが運ぶ病原体は、特定の動物にだけ感染する病原体と、人や犬など他の動物との区別なく感染する人獣共通感染症(ズーノーシス)があります。動物に感染して症状が軽かったり無症状であっても、人に感染すると重症化する病原体もあり、人、犬ともに対策が必要です。マダニによって感染する危険な病気は、ライム病やツツガムシ病、Q熱など数多くありますが、ここでは代表的な2つの病気をご紹介します。
○愛犬をねらう「犬バベシア症」
マダニが媒介する病気で犬にとって危険性が高いのは「犬バベシア症」です。病原体を持つ犬の血液に含まれていたバベシアという小さな病原体が、メス成ダニの吸血時にマダニの体内に忍び込み、卵の中に潜伏します。その卵から孵った小さな幼ダニが犬に取り付いて吸血を始めると、マダニの唾液とともに犬の血液中に病原体が入り込んで感染します。
バベシアは、酸素を運ぶ役割を持っている赤血球に感染し、分裂、増殖する間に赤血球を破壊してしまいます。これを溶血(ようけつ)といい、犬は重い貧血を起こしてしまいます。溶血性貧血の症状は、ぐったりして元気がない、呼吸が苦しそう、舌や歯ぐきが白っぽくなる、白目が黄色くなる、おしっこが茶褐色になる、などです。
治療では、バベシアに効果があるお薬を投与して病原体の活動を抑えながら、辛い症状を緩和するお薬も投与し犬の体力の回復を待ちます。貧血症状がひどい場合は、輸血をすることもあります。残念なことに、現時点でバベシアを体内から完全に駆除できるお薬はありません。症状が治まったように見えても病原体は体内に潜んでいて、他の病気や加齢で体の抵抗力が落ちたときに再発するリスクもあります。
バベシア症から愛犬を守るには、何よりも「感染をさせない、予防を心がける」という方法が最も重要です。
○人が要注意の「日本紅斑熱」
人にとって危険なマダニ感染症に「日本紅斑熱」があります。野生のシカなどが持つ「リケッチア」と呼ばれる細菌が、マダニを介して人に感染することで引き起こされる病気です。発症すると突然の発熱(38〜40℃)や頭痛、ぐったりして元気がでないなどの症状とともに、主に腕や足に米粒大の赤いポツポツが生じます。一般に早期診断・治療により速やかに治りますが、一見、風邪の症状と似ているため自己判断で受診が遅れるケースも少なくありません。治療が遅れると体中の血管のあちこちで血液が固まってしまう「播種性(はしゅせい)血管内凝固症候群」を起こすなど重症化し、時には命に関わることがあります。何よりも早期の診断と抗菌薬の投与が大切です。
日本紅斑熱が疑われる場合は、血液検査でリケッチアに感染しているかどうかを確認します。感染が確認された後は、できる限り速やかに抗菌薬を投与します。
日本紅斑熱はとにかく早期診断・早期治療が大原則です。マダニ感染症なのか、それとも他の病気なのかを確実に診断してもらうには、発熱前の2週間以内にマダニに咬まれるような屋外活動を行ったかどうかなど、手がかりになりそうなことを必ず医師に伝えましょう。
SFTS媒介の真犯人は? マダニ? それとも…
2013年、マダニを介した感染が疑われるSFTS(重症熱性血小板減少症候群)感染者の報告が相次ぎ、7月末現在で全国32例、15例の死者が確認されています。SFTSの典型的な症状は、38℃以上の高熱、吐き気、おうと、下痢などで、重症化すると血小板と呼ばれる血液成分が減少して出血が止まらなくなります。
マダニが感染源とされていますが、真犯人と確定されたわけではありません。現在、厚生労働省や関係機関が感染源をつきとめようと調査をしています。感染源が特定されるまでマダニが生息していそうな地域に行く時は、長袖シャツ・長ズボンの着用などの予防手段をとり、帰宅後10日以内に典型的な症状がでた場合はすぐに病院を受診しましょう。